2005.03.11

脳内から引きずり出した曲

20年以上前に聴いた海外の女性ソウルシンガーの楽曲で、バックのブルージーなギターフレーズが私の頭から離れない曲がありました。
しかし曲名もアルバム名も思い出せず、もう一度聴きたくて仕方が無い悶々とした状態が続きます。

ジャケットを見れば記憶が蘇るかも知れないと思って大手レコード店でソウルやブルースのコーナーをかなり探したがさっぱり見当がつきません。

しかし、唐突なタイミングでその女性アーティストはエスターフィリップスだと確信するのです。
記憶の中にあるボーカルの声質が彼女の他の曲を聴いたときに一致したのでした。
早速ネットで彼女のディスコグラフィー情報を入手し、各アルバムの曲のタイトルを睨みながら自分の頭に残っている歌詞のフレーズと一致するものがないかを調べます。

そしてついに廃盤になっているアルバムの中に50%くらいの自信を持てる曲タイトルを発見しました。

ネットで廃盤になったそのCDを販売するところを探していそいそと発注。
到着したその夜に願いを込めて再生した曲は私の記憶にある曲だったのでした。

小さな出費なのですが、得られる満足感はその数倍の価値です。

エスターフィリップスのアルバム「Black Eyed Blues」の6曲目。
"You Could Have Had Me, Baby"がそれ。
バックのギタリストはチャーリーブラウンという人でした。

blackeyed

ちなみにネットでチャーリーブラウンを検索してもスヌーピー関連のサイトばかりでした。

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2004.02.13

ハイウェイスター

DeepPurple
「Machine Head」

熱い曲です。
この疾走感はほとんど快感に近い物があります。

ある時期、車で高速を走るときは少なくとも一度はこの曲をかけたような気がします。
イントロが始まると、もう心はアクセルオンの状態にトリップします。

いきなりハイテンションにシャウトしドライブするボーカル。
猛スピードで併走する車が追いつ追われつを繰り返すように駆け抜けるギターソロ。

この曲を作った時、きっとディープパープルのメンバーの元に神が降りてきたのでしょう。

大友克洋の単行本に「ハイウェイスター」というタイトルのものがあります。
大友克洋ファンだった私は、ほとんどの単行本を買いそろえていました。
初期に「宇宙パトロール・シゲマ」や「ファイヤーボール」の世界に驚き、「童夢」で描かれた驚愕のストーリーとシーンの数々に圧倒されます。

ヤングマガジンに連載中だった「AKIRA」は、あの大判の本にまとめられて発売されるたびにリアルタイムで購入していました。

そして時を経て、その興奮は中学生になった頃の長男に引き継がれます。
「AKIRA」が家に揃っていることを友達に自慢したとも言ってました。
変わった子供です。

先日、長男にiPodを自慢したときに(親も変わってます)ディープパープルで1曲だけ入っていた「ハイウェイスター」を聴かせました。

「なんだかポマードびしびしの人が演奏しているみたい」

「ハイウェイスター」といえばディープパープルだった私と、「ハイウェイスター」が大友克洋のマンガである長男とでは感じ方も違うのでしょう。

面白くて久しぶりに子供の前で笑いました。

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2004.01.30

明日に架ける橋

サイモン&ガーファンクル
「Bridge Over Troubled Water」

高校生の時代に経験したもっとも完璧な曲。
ドラマチックな展開、透明なトーン、奥行きのあるアレンジ。
目を閉じてこの曲を聴くと、体ごとどこかにもって行かれるような気持ちになっていた。

この曲に出会う前に「サイモンとガーファンクル・ベスト」(タイトルの記憶は怪しい)という2枚組アルバムを持っていた。
箱形にしつらえられたために1センチくらいの厚さになっていることが、うれしい高級感を醸し出しているように感じた。
貸して欲しいというクラスメートが多く、その所有者として私は少し得意げだったはずだ。
その「いいアルバムを持っているヤツ」という座を奪おうと一生懸命自分の所有するアルバムを売り込もうとしている奴も現れたが、残念ながら私の得た幸運には届かなかった。

そのベスト盤の中で、もっとも気に入っていたのは「ボクサー」。
「明日に架ける橋」と負けず劣らず好きな曲である。
しかしベスト盤には「明日に架ける橋」は入っていなかった。

「明日に架ける橋」を聴いたのはシングル盤であった。
私の「いいアルバムを持っているヤツ」という座を奪おうとしていたヤツから借りたのである。

最初の1回聴いた時に、この曲は私の聖歌になった。

今もこの曲を聴くときは、他のノイズを遮断できる状況と灯りを押さえた状況で、最後のストリングスの音が消え去るまで聴いている。

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2004.01.28

勝手にシンドバッド

サザンオールスターズ
「熱い胸さわぎ」

大学時代、下宿で受信状態の悪い遠くのAM局を選んだときにノイズの奥から聴こえてきたのがこの曲。
受信状態の悪さのせいだけではなく、演奏しているのは日本人ではないと思わせられました。
楽曲から「狂熱のビート」と表現したいようなエネルギーが伝わってきたのです。

時々こうやって耳に印象だけ残してその後二度と聴けることが無く、手がかりのないまま記憶の彼方に消え去る曲がありますがこの曲は違いました。
スーパースターの誕生だったのです。

私は小さい頃からしゃがれ声がかっこいいと思う人で、風邪を引いたりするとわざとしゃがれ声状態を保ってしゃべるのが好きでした。今思えば間抜けです。
そんな人と言えば上田正樹・柳ジョージなんかがいましたが、桑田佳祐がいちばん私の思い浮かべる格好いいしゃがれ声だったと思います。

桑田佳祐は、私と同じようにアメリカンミュージックを聴いてきたのだと思うことがあります。
しかしそれらの曲を心の中で熟成させて、自分の音楽に昇華させていくセンスは天賦の才がなせるものでしょう。

桑田佳祐が今のような位置まで上っていくと予想はできていませんでしたが、彼の活動をTVなどで見ている頃、少しミュージシャンになりたいと思ったこともある私は今も続いているサラリーマンライフの入り口を開けたのです。

桑田佳祐にはもちろんなれないけど、きっと私のためには良かったんだろうなぁ。

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2004.01.24

ミスターボージャングル

NITTY GRITTY DIRT BAND
「アンクル・チャーリーと愛犬テディ」

中学生になってもLPというのは高価な買い物だった。
でもこの「アンクル・チャーリーと愛犬テディ」は買わなければいけないと思った。
ジャケットの雰囲気も良かったのだが、このアルバムはラジオや雑誌でなんども紹介され、貴重な小遣いを投入しても後悔することはないだろうと思ったからだ。
思いつきで何枚も買ってしまう今と違って、何にお金を使うかが悩ましい年頃だったのである。

曲の頭で少し調子はずれのハープを効果的に使って始まるこの曲は、美しく切ないメロディーで進行する。
英語の歌詞を理解していなかったが、そのメロディーによって挫折した男にねぎらいの言葉をかけている曲として伝わってきた。

友人の家にマンドリンがあり、よくその横にこのアルバムを置いて雰囲気を盛り上げながら聞いたものである。

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10番街の殺人

THE VENTURES
初期アルバム不明。オムニバス盤などに収録。

「エレキバンド」の大将「ベンチャーズ」の曲。
ダイアモンドヘッド・キャラバン・アパッチなどあったが、この曲が一番ドラマチックに聞こえて好きだった。
エキセントリックなタイトルに惹かれたかもしれない。

この時代に私のようにイチビリ小学生であった連中は2つのグループに分かれた。
一つのグループは、掃除が始まると箒を横抱えにして体をくねらせた連中。
もうひとつのグループは10分に1回、おそ松くんにでてくるギャグの「シェー!」とやっていた。

そんなイチビリが多いグループの掃除の時は、「ベベンバビーン!」「シェー!」「テケテケテケテケテケ!」「シェー!」とやかましいことこの上なかった。
そして私は思いを寄せていた女の子によって先生にチクられる。
カバ顔の女性担任に出席簿で頭をバコーンとはたかれ、肩を落として掃除に戻ったのであった。

そのうち私が横抱えにするのは箒からフォークギターに変わったが、そのギターで弾こうとしたのはベンチャーズではなくフォーククルセダーズだった。

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2004.01.23

OHIO

Crosby, Stills, Nash & Young
「4 Way Street」

ニールヤングがメインで歌う「オハイオ」。
冒頭の「ティンソルジャー アンド ニクソン カーミン、フォー デッディン オーハーィオ」というフレーズが頭に深く刻まれている。
訳せば「鉛の兵隊とニクソンがやってきて4人がオハイオで死んだ」と言う意味だ。
反戦か反政府メッセージが込められた局だったんだろう。
中学生の私に、この曲のコーラスや演奏は新鮮で(元々レコードをたくさん買えるほどの小遣いをもらっていなかったが)このレコードをすり切れるまで聴いたと思う。

家からそう遠くないスーパーの店頭でワゴンにドーナッツ盤が積み上げられていた。
そこでこのシングル盤を見つけたのだった。
なんとなくこういうチャンスに何かを買わなくてはいけないと一度家に戻って引き出しのお金をポケットに入れ、40分も迷って買ったはずだ。
一緒に買ったのはクリスティーの「イエローリバー」だったことを覚えている。
どちらかと言えば知っていた「イエローリバー」を聞くことを楽しみに家に持ち帰ったが、結局はこちらの方が多く聞くことになる。

まだステレオで無かったプレーヤーで再生されたこの曲であるが、なぜかイメージとして私の頭でつながったのは、アメリカの砂漠を抜ける道路のそばにある食事を出す店だった。
理由は今も特にわからない。

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サークルゲーム

バフィ・セント・メリー
アルバム不明

映画「いちご白書」の主題歌として、主人公の抵抗を表す印象的な場面で静かに始まるこの曲は、ジョニミッチェルが作った曲だ。
淡々とした切ない歌唱が胸を締め付ける。

「いちご白書」は当時高校生だった私にとって、「見に行かなければいけない映画」の一つだった。
他にもそういう映画はたくさんあったが、後に書くことになるだろうからやめておく。

この映画は当時つきあっていた同級生と神戸の三宮へ観に行った。
映画館は正確に覚えていないが、朝日会館という感じがする(今は無い)。
高校生と言っても、今のようにおしゃれにお金を使えるわけではなく、今思うと結構やぼったい格好で言ったんだと思う。
お互い制服が一番似合っていたかもしれない。

アメリカの学生の反戦運動を描いた映画だったが、そのメッセージよりも映画で使われた「ヘルプレス」(ニールヤング)や「ギブピースアチャンス」(ジョンレノン)なんかが流れた断片的なシーンの記憶とキムダービーのキュートさがこの映画の全てだった。

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HELP!

THE BEATLES
「HELP!」

今見直してもマイフェバリットがぎっしりつまった名盤。
この 「HELP!」を冒頭にスタートし、
「ザ・ナイト・ビフォア 」「悲しみはぶっとばせ 」「アイ・ニード・ユー 」
「アナザー・ガール 」「ティケット・トゥ・ライド(涙の乗車券) 」
「アクト・ナチュラリー 」「イッツ・オンリー・ラヴ 」「イエスタデイ 」
など、珠玉の名曲が続いている。

このころ、小学生であった。
ビートルズが武道館でコンサートをやった時の騒ぎもTVでみていた。
なんとなくベンチャーズやスプートニクスといったインストゥルメントのバンドをよく聞いていたが、この曲で一気にビートルズに傾倒する。

家族で六甲山をハイキングしたことがあった。
そのとき、兄貴がぶらさげていたラジオから「HELP!」が流れた。
そして、その瞬間の決して正確な情景だとは思ってはいないが、家族の位置や日差しの強さなんかも含めて記憶から浮かび上がってくるのだ。

心から大切にしたいと思っている記憶の中の風景だ。

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ステイツボロブルース

Allman Brothers Band
「THE FILLMORE CONCERTS」

2枚組のアルバムの最初を飾る素晴らしくうねりを感じる一曲。
デュアンオールマンのスライドギターは胸躍らせるフレーズを自在に操ってラストまでテンションを高めている。

YAMAHAの8・8ロックデイというイベントがあった。
8月8日に開催される関西の地区大会で選ばれた優秀なアマチュアロックバンドを集めたコンサートだった。
そこに登場した「よのすけブルースバンド」が日本で一番オールマンブラザースバンドを再現していたバンドではなかっただろうか。
「よのすけブルースバンド」はその後に中心メンバーが「アイドルワイルドサウス」としてレコードデビューする。

そう、この時代は京都を中心として多くのアマチュアブルースバンドが活躍していた。
ウエストロードブルースバンドや上田正樹&バッドクラブバンドがトップバンドだった。

そのころちょこちょこ遊びに行った京都は、ブルースの香り高い(勝手な思いだけど)胸にツンとくる景色がありました。

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